戦地から帰る船の中で、父は国に着いたらすぐに結婚しようと決意したそうだ。
そのころ教員をしていた母と父の姉が知り合いで、話はとんとん進み、結婚が決まった。
はじめてのデートの待ち合わせは五反田の駅。
「おれが柱のかげに隠れてみていたらさ、
お母さんはスキップして踊りながらやってきたんだ」
ハンサムな父に母は惚れ、父は全面的に母を頼っていた。
「お母さんの作る飯はほんとにうまい。それにこれが早いんだ」
臆面もなくほめる父の言葉を母はコロコロ笑って聞いていた。
祖母を引き取り、病気の伯父の面倒を見ながら、一日も休まず国鉄を勤め上げた父。
お酒も飲まず、タバコも吸わず、こどもの頃の父は謹厳実直そのもの。
祖母を看取ってからは、母と世界中を旅して回った。
でも不慮の事故で母がいなくなって・・
お父さん、あれからあなたの心の迷走が始まったね。
去年、マイコの結婚式でスピーチしてくれた結びの言葉は
「じゃあね」
今この言葉をこちらから。
「じゃあね、お父さん。
あっちでお母さんと仲良くね。
きっと今度はお母さんが雲のかげに隠れて、身軽になったお父さんがフワフワと登ってく
るのを見ているよ。
お母さんと会ったらさ
『おまえが急にいなくなるから、おれはほんとに大変だったんだ』
って文句をいいなよ」
母から20年、入院後、一旦よみがえってから後はあまり意識もなく、苦しみもさほどない
まま、父は逝きました。